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ネギ、卵、大根おろし…納豆のおいしい食べ方は?〜納豆の科学|発酵食品のカガクあれこれ【第4回】

ごはんにかけた納豆

明治大学農学部教授・中島春紫さんの新連載第4回目をお届けします。
中島さんは、発酵食品を生み出す微生物について研究しており、一般向けにも『日本の伝統 発酵の科学』(講談社)などがある専門家です。発酵食品のすごさ、おいしさ、楽しさ……etc.
を科学の成果を通して語っていただく連載第4回目は、日本の国民食ともいえる「納豆」について。納豆の特徴である匂いとネバネバの秘密からおいしい食べ方まで、科学的に解説いただきます。

中島春紫(明治大学農学部教授・農学博士)

なかじま はるし
1960年生まれ。東京大学大学院農学研究科博士課程修了。東京工業大学助手、東京大学大学院農学生命科学研究科助教授、明治大学農学部助教授を経て現職。酵母をはじめとする微生物学、微生物生態学、現在は麹菌を研究テーマの中心に据えている。著書に『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』(講談社ブルーバックス)、共訳書に『キャンベル生物学』等。

はじめに

日本人の主食は何か? 一昔前ならば、ためらいなく「米」と答えが返ってきたことだろう。主食とは、民族が主たるエネルギー源とする食物のことである。世界の大部分の地域では、米・麦・トウモロコシなどの穀類、またはジャガイモ・キャッサバなどの芋類が主食となっている。穀物や芋はヒトのエネルギー源となる炭水化物が豊富で、大規模な栽培が可能なので、主食としての条件を備えている。植物は光合成により空気中の二酸化炭素を炭水化物に変換する能力があるので、炭水化物をいくらでも作ることができる。炭水化物をデンプンの形で種子や根・茎に貯蔵したものが穀類や芋類である。

主食に対して副食という言葉がある。副食とは要するに「おかず」のことであるが、栄養学的には副食をさらに主菜と副菜に分けて考える。主菜はタンパク質を中心とする料理であり、副菜はビタミンなどの栄養素を補うものとされる。ちなみに、一汁三菜の伝統的な日本料理の構成は以下のようになる。

主食(白飯)+ 汁物 + 主菜(魚料理、肉料理)+ 副菜(煮物など)+ 副菜(漬物など)

日本料理

人間はタンパク質を確保するために何らかの副食が必要である。古来より、水辺の民は魚を獲り、平原の民は野獣を狩り、牧畜民は家畜の乳や肉に頼って副食を確保してきた。では、農耕の民はどうやってタンパク源を確保したのだろうか。タンパク質を合成するためには、窒素分が必要である。窒素は空気中に大量に含まれているが、一般の植物は窒素ガスを窒素源として利用することはできない。そこで、土壌中にわずかに含まれているアンモニアや硝酸の形の窒素分を吸収して、タンパク質を合成することになる。作物の生産性を向上させるためには肥料を施肥するが、肥料の3大要素である窒素・リン酸・カリウムのうち量的に最も重要なのが窒素分である理由もここにある。

一方、豆類は根粒菌という微生物が根に寄生している。根粒菌は豆から炭水化物をもらって生きているが、代わりに空気中の窒素ガスを植物が利用可能な窒素分に変換する能力がある。豆は根粒菌のおかげで窒素分に不自由しないので、タンパク質をいくらでも作ることができる。そこで、豆類は炭水化物の代わりにタンパク質を種子に貯蔵する。古来より農耕民は豆を副食としてタンパク質を確保してきたのである。

ところが、実は豆は消化があまり良くない。タンパク質やデンプンは巨大な分子なので、それぞれアミノ酸や糖分に分解されないと吸収されない。消化が良いとは、食物が腸内を通過する限られた時間内に確実に分解されることと考えて良い。タンパク質は20種類のアミノ酸がさまざまな組み合わせで連結しているので、硬いものから柔らかいものまでいろいろある。牛乳に含まれるカゼインのように消化しやすいものから、髪の毛や爪を構成するケラチンのように非常に硬くてほとんど消化できないものもある。大豆の主要タンパク質であるグリシニンは種子の貯蔵用タンパク質なので安定性が高く分解しにくい上に、難分解性の植物繊維がガッチリ絡まっている。そのため、栄養食品と言われる大豆も、実際は煮豆にしても半分程度しか消化吸収できないと推定されている。

大豆の消化性の向上は栄養価の向上と同じ効果があり、古来よりさまざまな大豆の加工食品が工夫されている。豆腐は大豆のタンパク質だけを柔らかくして抽出したものであり、格段に分解しやすくなっている。大豆もやしは、大豆の発芽により一部のタンパク質が分解されているため消化が良くなっている。さらに、蒸した大豆にカビや耐塩性の乳酸菌を繁殖させた発酵食品は、中国の豆鼓(トウチ)、韓国のチョングッチャン、インドネシアのテンペなどアジア各国で伝統的な手法により造られている。発酵大国である日本にも他国に例をみない大豆加工食品がある。糸引き納豆である。

納豆の製法

現代の納豆の製造工程では、まず原料の大豆を洗浄し、水につけて大豆の重量が2倍くらいになるまで水を吸わせた後、加圧蒸煮器を用いて1時間程度蒸し煮し、ゆっくり放冷する。そこで、培養した納豆菌の胞子を含む水溶液を散布して、プラスチックの容器に盛る。ポリエチレンのフィルムを被せて、約40℃の室で18時間から24時間ほど保温して発酵させる。初めは湿度を80%程度に保って納豆菌の生育を促進し、後に湿度を低くして粘りが強くなるように調整する。次に、1昼夜ほど10℃以下で保存して熟成させ、製品となる。スーパーなどではプラスチックの容器に入った納豆が販売されているが、これは出来上がった納豆を容器に詰めているのではなく、容器の中で蒸し大豆が納豆に変身するのである。この事情はヨーグルトの製造でも同様で、ヨーグルトも封入されたパックの中で牛乳がヨーグルトに変身し、販売されている。

納豆

市販のヨーグルトには生きた乳酸菌が大量に含まれているので、これを種にして自家製のヨーグルトを比較的簡単な工程で作ることができる。同様に、市販の納豆にも生きた納豆菌がいるので、これを種にして家庭で納豆を作ることも可能であり、インターネットで製法が紹介されている。原理的には、大豆を蒸して納豆のネバネバを混ぜて保温すれば良いのだが、納豆の製造にはきめ細かい温度と通気の管理が必要であり、なかなかハードルが高い。納豆菌の生育には大量の酸素が必要なので、通気が不十分だと納豆菌が生育せず、蒸し豆がなかなか納豆にならない。温度が低いと納豆になる前に乾燥して干し豆になってしまう。時間をかけ過ぎると、発酵が進みすぎてアンモニアが発生し、怪しい臭いを発するようになる。さらに、衛生管理に不備があると、雑菌が繁殖して食中毒を起こす危険もある。以上の理由により、発酵食品の自作に経験と自信がある人でなければ、自家製納豆の製造はおすすめできない。

藁苞納豆(わらづとなっとう)

納豆は日本人の国民食であり、江戸時代には納豆売りが威勢の良い掛け声とともに江戸の街を売り歩いていた。伝統的な納豆の製法は、煮た大豆を稲藁に包んで作る藁苞納豆(わらづとなっとう)である。納豆菌は稲藁に多く生息しているので、天日干しでよく乾燥した稲藁を熱湯に浸して雑菌を死滅させる。蒸し煮にした大豆を熱いうちに詰め込んで、1日ほど保温しておくと納豆ができる。

発酵食品を作るときに目的以外の微生物が繁殖すると食材が腐敗してしまうので、伝統的な発酵食品の製造工程には雑菌の混入を防ぐ工夫と目的の微生物を選択的に生育させる工程が必ず含まれている。藁苞納豆の製造では、大豆を蒸煮し、稲藁を熱湯に浸すことにより雑菌の混入を防いでいる。熱湯に浸すと納豆菌も死滅するが、都合の良いことに納豆菌は耐熱性の胞子を作るので、納豆菌の胞子だけが生き延びて大豆の上で繁殖を始める。 藁苞納豆を作るためには、無農薬栽培の稲を手作業で刈り取って天日干しで乾燥させた稲藁が必要であり、現代では藁苞納豆を作ってくれる製造所は非常に限られている。機会があったら、かすかに稲藁の匂いが漂いどこか懐かしい味のする藁苞納豆を試してみてはいかがだろうか。

藁苞納豆

納豆菌

納豆菌は枯草や土壌に繁殖する枯草菌の一種であり、耐熱性の胞子を形成するやや大型の細長い細菌である。枯草菌の仲間は非常に生育が早く、酵素の生産性が高いので、洗濯用の洗剤に添加する酵素や、デンプンを加工する産業用の酵素を生産する微生物として非常によく用いられている。しかし、発酵食品の製造に枯草菌の仲間が使われるのは非常に希少な例である。

納豆菌の特徴は、なんと言ってもあのネバネバを作る点であろう。ネバネバのある納豆が糸引き納豆であり、世界中に大豆の発酵食品は数々あれど糸引き納豆は日本にしかない。納豆のネバネバの主成分はガンマポリグルタミン酸であり、タンパク質を構成する主要アミノ酸の一つであるグルタミン酸が多数連結している。納豆菌は、数が少ないうちはネバネバを作らず、数が増えると一斉にネバネバを作り始める。やがて周囲の栄養源が枯渇すると、ネバネバを分解して自分たちの栄養分として利用することが知られている。納豆菌は非常にいじましい微生物であり、数が増えて将来の食糧難が予想されると必要以上に栄養分を取り込んでネバネバを生産する。このネバネバ成分は他の微生物にはほとんど分解できないので、周囲の栄養分を自分たちだけで独占するためにネバネバ成分という専用の弁当を作っていると考えられる。さらに、このネバネバには保湿性があるので、天日干しにされる稲藁の上で納豆菌を乾燥から守ってくれる。微生物にしては巧妙な生存戦略といえよう。

納豆の匂い

昔の納豆は臭かった。現在の納豆はそれほど匂わないが、関西出身の年配者の中には、子供の頃の記憶から納豆など臭いだけの腐れ豆だと毛嫌いする人も多い。外国人が苦手な食べ物の中でも納豆は常に上位にあり、その理由として生臭い匂いを挙げる人が多い。微生物がタンパク質の多い食材に繁殖すると、アミノ酸が分解して非常に不快な匂いを発するアンモニアやアミンを生成する。大豆は主成分がタンパク質なので、微生物が繁殖すると臭くなるのが自然である。そう考えると、初めて偶然にできた納豆は相当臭かったはずであり、魚が腐ったような、あるいは肥溜めのような匂いを発していたと推定される。煮豆の余りを捨てるのが勿体無くて稲藁に包んでおいたのが自然に納豆になったと考えられるが、怪しい臭気がツンと鼻をつく上にネバネバが糸を引くような豆をよくぞ口にしたものだと思う。背に腹は代えられない事情があったのかもしれないが、チャレンジャー精神にあふれる先駆者に脱帽である。

納豆の匂いは慣れてくると食欲をそそるが、やはり気にする人は多い。納豆の匂いが潜在的な消費者を遠ざけているとの思いから、昔から納豆製造業者は匂いが少ない納豆菌の選抜育種に尽力してきた。大正時代に宮城野納豆製造所の三浦二郎氏が北海道帝国大学の半澤洵教授とともに優良な納豆菌の純粋培養技術を開発し普及に努めたことから、現在も宮城野納豆菌の流れを汲む納豆菌が育種され、頒布されている。

糸引き納豆の種類と栄養価

現在では純粋培養された納豆菌を種菌メーカーから購入して使用するため、日本全国で納豆の品質はほぼ均等である。そのため、製品の納豆の差別化は原料の大豆によるところが大きい。粒の大きさの種類としては、大粒>中粒>小粒>極小粒>超極小粒>ひきわりの順に小さくなり、農林水産省が定める規格の篩(ふるい)にかけて選別される。関東以北では直径5.5ミリメートル以下の小粒大豆が好まれる傾向にある。さらに、国産大豆、有機栽培大豆、黒大豆などを使用して付加価値をアピールする納豆も販売されている。

ひきわり納豆は砕いた大豆を用いて製造される納豆であり、秋田県などの北東北では古くから作られていた。丸大豆を用いた納豆に比べてネバネバ成分が少ないが、発酵が早く消化に良いとされる。納豆かけご飯では圧倒的に丸大豆の納豆が好まれるが、手巻き寿司や軍艦巻きなどの寿司ネタにはひきわり納豆がお馴染みである。

大豆は元々栄養価の高い食品であるが、納豆にすることにより納豆菌が大豆のタンパク質を部分的に分解してくれるので消化が良くなっており、実質的な栄養価が向上している。さらに、納豆菌が生産するビタミンB群、ナイアシン、ビタミンKが加わっているため、大豆よりも栄養価の高い食品となっている。特に、納豆に豊富なビタミンKには骨細胞を刺激して骨の形成を促進する作用と、出血を素早く止める血液凝固に関する作用を有している。さらに、納豆には腸内環境を整える植物繊維が100グラムあたり5 - 6グラムも含まれている。植物繊維は消化されにくい成分なので腸の内容物を増やすだけのように思えるが、大腸は意外に怠け者であり、消化が良いものばかり食べていると動きが鈍くなって便秘、肥満、糖尿病などの原因となる。植物繊維の摂取により適度に内容物を増やすことは、大腸の蠕動(ぜんどう)運動を促進し、健康の証とされる快食快便に役立つ。

納豆

納豆の食べ方

納豆の食べ方の王道といえば、なんといってもホカホカの白飯にかけて食べる納豆かけご飯だろう。市販の納豆のパックには醤油だれと辛子が添えられているものが多いので、素直に利用するのも良い。納豆が好きな人には、納豆のかき混ぜ方にも一家言ある人が多いが、美味しく食べるためにはこのような拘りも大切にしたいものである。納豆はふんわりした食感で食べるのが美味しいので、手抜きをせずに空気を含むようによくかき混ぜる方が美味しくなる。先にタレなどを加えると水っぽくなって粘りが出にくくなるので、納豆をよく練って粘りが出てからタレを加えるのがおすすめである。

納豆にはやや生臭い匂いがあるので、ネギや辛子などの臭い消しの効果のある薬味がよく合う。さらに、お好みによりうずらの卵や鶏卵、削り節、海苔、ミョウガ、大根おろし、オクラなどを加えるとバラエティー豊かな納豆かけご飯が楽しめる。

納豆の気になる匂い成分にはアンモニアやアミンなどのアルカリ性の物質が多い。匂い物質は揮発して鼻の奥にある嗅覚受容体に結合して初めて匂いとして感知される。つまり、匂い物質が揮発しないようにすれば、匂いを感じなくてすむことになる。アルカリ性の匂い物質は、酸を加えて中和すると揮発できなくなる。そこで、市販の納豆のタレに等量のポン酢醤油を加えて自己流のタレを作ってみた。さっそく試したところ、匂いが抑えられて、少しだけ爽やかな味わいの納豆かけご飯を楽しむことができた。興味のある人は試してみてはいかがだろうか。 日本全国を調べてみると、さまざまな納豆の食べ方が紹介されている。シンプルに味噌汁の具として納豆を投入した納豆汁は、東北地方の郷土料理であり素朴な味わいに心温まる。

納豆に刻んだ切り干し大根を混ぜ込んで醤油を垂らしたそぼろ納豆は、納豆王国である茨城県の名物であり、酒のつまみとしても美味しいし、ご飯にかけても良い。納豆を天日干しにした干し納豆も茨城県特産であり、長期間保存可能な保存食である。干し納豆の食べ方はいろいろあるが、お茶漬けにするのが定番である。
干し納豆をさらに油で揚げた揚げ納豆は、粘り気がなく納豆らしい匂いも消えている。醤油や一味唐辛子で味をつけたものが酒のつまみとして供される。

納豆は蕎麦、うどん、チャーハン、和風パスタ、お好み焼きなどのトッピングとしても人気であり、探せば探すほどいろいろな食べ方が出てくる。日本人にこれほどまでに愛されている納豆の新しい食べ方を考えてみるのも楽しい。

※記載内容は筆者の個人的な見解であり、特定の商品または発酵食品についての効果効用を保証するものではありません。

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