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手前味噌はなぜ美味しいのか?〜味噌の科学|発酵食品のカガクあれこれ【第5回】

味噌

明治大学農学部教授・中島春紫さんの新連載第5回目をお届けします。
中島さんは、発酵食品を生み出す微生物について研究しており、一般向けにも『日本の伝統 発酵の科学』(講談社)などの著書がある専門家です。発酵食品のすごさ、おいしさ、楽しさ……etc. を科学の成果を通して語っていただく連載第5回目は、世界に誇る日本のソウルフード「味噌」について。自分で自分を褒める言葉として使われる「手前味噌」はなぜ美味しいのでしょうか?

中島春紫(明治大学農学部教授・農学博士)

なかじま はるし
1960年生まれ。東京大学大学院農学研究科博士課程修了。東京工業大学助手、東京大学大学院農学生命科学研究科助教授、明治大学農学部助教授を経て現職。酵母をはじめとする微生物学、微生物生態学、現在は麹菌を研究テーマの中心に据えている。著書に『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』(講談社ブルーバックス)、共訳書に『キャンベル生物学』等。

はじめに

昔は味噌を自分の家で造るのが普通だった。「味噌買う家は蔵が立たぬ」という諺があるくらいで、田舎では味噌は自家製が当たり前。市販の味噌を購入するのは堕落している証拠と思われたものである。俳句の世界では、「味噌造る」「味噌焚き」が冬の季語であり、一家総出で味噌を造るのが冬の風物詩でもあった。味噌造りは重労働である。大量の大豆を蒸して潰し、麹と塩を混ぜて桶に仕込むのは、かなり骨の折れる作業である。味噌桶を蔵に並べて、じっと待つこと約1年。やっとできあがった自家製味噌の味は格別。自家製の味噌の味をよその家の味噌と比べてみたくなるのも、ひいき目でも自家製を自慢したくなるのも人情というもの。「手前味噌」という言葉はそこから生まれたのだろう。

現代では「手前味噌」という言葉は自分で自分を褒めるときに使われる。自慢するイメージが先行するのを憚るため、ビジネスの場では「手前味噌ではございますが・・・」と謙遜して使うのが普通である。必ずしも良い意味では使われない「手前味噌」だが、そもそも手前味噌は本当に美味しいのだろうか。味噌作りの工程を検証し、自家製味噌と大手の味噌との違いを科学の視点から考えてみたい。

味噌の歴史

古代の中国では食材を塩と混ぜて漬け込むことにより発酵させてペースト状になった調味料を醤(ジャン)といった。主な食材が魚のものは魚醤、穀物のものは穀醤とよばれる。日本でも同様の発酵食品が作られ、魚醤としては秋田県の「しょっつる」や石川県の「いしる」が有名である。一方、穀醤に相当するものは醤油として普及している。醤油といえば液体だが、完成前のペースト状で「醤」になりきっていないものを「未醤(みしょう)」といい、これがなまって「味噌」とよばれるようになったと考えられている。大宝元年(701年)に制定された日本初の本格的な法令集である「大宝律令」に「未醤」の記述があり、この頃には日本で味噌作りが始まっていた。その後、全国に広がって各地の気候に合わせた味噌作りが発展し、赤味噌や白味噌など多種多様な味噌が作られるようになり現在に至っている。

大豆と塩を混ぜて漬け込んだ発酵食品はアジア各国で作られており、中国の豆板醤などが有名であるが、大豆に麹菌を繁殖させた米や麦を合わせて造るタイプの味噌は日本独自のものである。日本は古くから中華文明の影響を受け続けてきたが、文字にしても建築や美術にしても、旺盛に取り入れた外国の文化をそのまま受け入れることはほとんどなく、必ず日本の風土と慣習に添った改良と工夫を加えて「魔改造」し、独自の文化を育んできた。醤油や味噌の醸造にも、麹菌(こうじきん)とよばれる日本独自のカビを用いるところに大きな特徴がある。

自家製の味噌造り

醤油と味噌は、見た目は大きく異なるが、どちらも大豆と穀物(麦・米)を原料として麹菌を繁殖させ、塩で仕込んで長期発酵させるという点が共通しており、発酵の工程で活躍する微生物もほぼ共通している。醤油と味噌の製法で決定的に異なる点は、味噌は穀物だけに麹菌を繁殖させてから大豆と塩を加えて仕込むが、醤油は穀物と大豆の両方に麹菌を繁殖させて塩水で仕込む点である。そのため、醤油を造るときには自分で麹菌を繁殖させなければならない。また、長期間の熟成中に目を離さずに醤油桶を管理し、最後にドロドロの醤油の発酵液(もろみ)から醤油を絞り出す必要がある。そのため醤油は自家製が難しく、昔から専業の業者が製造してきた。

一方、味噌造りでは仕込みこそ大仕事だが、後は放っておけば良いので家庭でも造りやすい。古来より味噌造りは「一麹、二炊き、三仕込み」と言われ、(1)元気な麹菌を育てること、(2)大豆をふっくらと蒸煮すること、(3)むらなく仕込むことが重要とされている。家庭でできる自家製味噌の製法についてはさまざまな書籍やインターネットで紹介されているが、その手順について科学の観点から解説していく。

味噌造りの第一段階「一麹」は、米麹を用意することである。米を蒸して麹菌とよばれるカビの胞子を散布し、30- 37℃に保って2日ほど培養する。麹菌はアスペルギルス・オリゼーとよばれる緑色の胞子を作るカビであるが、清酒や醤油の造りにも活躍する日本では大人気の働き者のカビである。しかし、麹菌は自然界ではあまり強いカビではないので、麹室とよばれる専用の清潔な部屋を用意し、材料の米も蒸して殺菌しなければならない。味噌造りに限らず清酒や醤油の製造業者が最も気を使うのが麹作りの工程である。酒蔵や醤油蔵に見学に行っても麹室にだけは絶対に入れてくれないだろう。

麹菌は昔の日本人が自然界から分離して育種したものと考えられており、世界でも麹菌を使いこなしているのは日本だけである。実は、室町時代には麹菌の純粋培養技術が確立し、質の良い麹菌の胞子を提供する専業の業者が活動していたことが記録に残されている。麹菌は生育の過程で米のデンプンや大豆のタンパク質を分解する酵素を生産する。実は、デンプンやタンパク質にはほとんど味がない。デンプンが分解されると甘味をもつ糖分になり、タンパク質が分解されると芳醇な旨味を持つアミノ酸となる。もし、麹菌を使わずに味噌を仕込んだとすると、いつまで経っても米粒や大豆が残って味わいの乏しい味噌もどきにしかならないだろう。麹作りは素人には非常にハードルが高いので、自家製味噌に挑戦する人は素直に市販の米麹を購入するのがおすすめである。

味噌作りの第二段階「二炊き」は大豆の下準備である。味噌は原料の大豆の品質がストレートに反映するので、割れた豆や夾雑物の少ない、よく揃った大粒の大豆を選びたい。大豆を良く洗ってから水に一晩漬けおく。大豆が水を吸って膨らんで剥がれてきた皮を除き、大鍋でアクをすくいながらじっくり3時間ほど煮ると、指でつまめば潰れるくらいの柔らかさに仕上がる。

味噌作りの第三段階「三仕込み」は力仕事である。大豆を温かいうちにビニールの袋に入れ、空き瓶などで丹念に叩いて潰す。味噌を大量に造る家では専用の草鞋を履いて大きな桶の中で大豆を踏み潰す。そこで市販の米麹に塩を混ぜたもの(塩切り麹)を加え、よく練って混ぜ合わせていく。塩は最終濃度12%程度にすると辛味噌に仕上がる。健康上の理由で塩分控えめの味噌が流行っているが、自家製味噌では塩分を控えすぎると雑菌が繁殖して腐敗する可能性が残るので、塩はきちんと入れてよく混合する必要がある。混ぜ合わせた材料を団子状の味噌玉にして空気抜きをし、力を込めて桶に押し込む。この時、気合が足りなくて空気だまりができるとカビが生えて味噌が変色する上に、そこに溜まり汁が流れこむことになるので、心を込めて押し込むことが重要である。空気に触れないようにキッチリ蓋をして重石を載せれば仕込みは完了である。

自家製味噌は冬場に仕込んで夏を越し、涼しくなる頃にできあがりである。味わい豊かな自家製味噌でさっそく味噌汁を作ってみよう。食欲をそそる味噌の香りが立ち上るのが楽しめるだろう。自家製味噌は出来上がってからもどんどん熟成が進むが、熟成期間は長ければ良いと言うものではない。味噌は米と大豆から生じた糖分とアミノ酸のバランスが重要だが、自家製の味噌の中には乳酸菌が生きているので、時間が経過すると乳酸菌が糖分を食べ尽くしてしまう。古くなった味噌は色が濃くなって酸味が強くなり、苦味が出るようになる。自家製味噌は生き物であり、食べごろが重要である。

味噌作りの様子

発酵と熟成

味噌を桶に仕込むとその時点で麹菌は死滅する。その後は麹菌が残した酵素がじっくりと働いて米のデンプンと大豆のタンパク質を分解していくことになる。塩分濃度が高いので生育できる微生物の種類は非常に限られるため、食中毒を起こす雑菌が混入する心配はまずない。味噌桶の中では、テトラジェノコッカス・ハロフィルスとよばれる好塩性の乳酸菌と、ジゴサッカロマイセス・ルキシーとよばれる耐塩性の酵母がゆっくりと生育し、大豆が味噌になっていく。乳酸菌はデンプンから生じた糖分を分解して乳酸を生成し、味噌をpH5程度の弱い酸性にして臭みを抑える。酵母は糖分を分解してアルコールを生成し、上品な香りを醸し出す。

この発酵の工程は熟成ともよばれるが、「発酵」と「熟成」という言葉の意味の境界はあいまいである。一般に、微生物が繁殖して食品を変化させる過程を「発酵」、微生物に関係なく食品成分がじっくりと変化していくことを「熟成」という。たとえば、ワインの場合は樽の中でブドウ汁の糖分がワイン酵母によりアルコールに変換する過程がアルコール「発酵」であり、瓶詰めされたワインが保管中に味がまろやかに変化する過程を「熟成」というので、その違いはわかりやすい。醤油の場合も、蔵の大きな桶で大豆から醤油ができていく過程が「発酵」、絞って瓶詰めした後が「熟成」といえる。しかし、味噌造りではろ過の工程がなく発酵産物をそのまま製品とするため、発酵と熟成が区別しにくい。「発酵熟成」と言うか、単に「熟成」とよぶのが一般的である。

人にはそれぞれ個性があるように、乳酸菌や酵母にも個性があって、どのような菌でも美味しい味噌ができるわけではない。味噌造りに相性の良い微生物は貴重である。毎年味噌を造る家では昨年の味噌桶を再利用することにより、同じ菌が生育して、同じ味を再現することができる。新しい桶を使うときは、昨年の味噌の残りを種として仕込みの時に混合する。こうして、手前味噌を支える微生物が受け継がれていくことになる。

市販の味噌作りキットには、美味しい味噌を作ってくれる微生物の供給源として種味噌が入っているので、仕込みの時には忘れずに混合したい。

発酵中の味噌

大手メーカーの味噌造り

自家製味噌の製造には1年近くかかるが、大手メーカーでは味噌を約3ヶ月で製造する。このような早期醸造を可能にする技術が加温醸造である。自家製味噌は外気温にさらされるので、冬に仕込まれた味噌は春の終わり頃までは温度が低めに保たれ、初期の発酵熟成は非常にゆっくりと進む。一方、加温醸造では味噌造りのために選び抜かれた微生物を培養しておき、仕込みの時に投入するとともに、味噌桶を25℃から30℃に保って微生物の繁殖を促進する。最初から元気な微生物が大増殖するので、発酵熟成がみるみる進んで大豆が味噌に変化していく。最後に数週間、温度を低めに保って発酵を落ち着かせる。多くの場合、出荷前に加熱処理して微生物を殺菌し、必要に応じて保存料を添加して出荷する。

加温醸造の意義は、短期間で製造することにより製造設備の利用効率を良くすることにあり、同じ設備で1年に4回味噌を生産することが可能になる。発酵食品を嗜む人々の中には時間短縮とコスト削減のためのテクニックは自然に反するとして嫌う人もいると思われるが、加温醸造の結果として安く売ることが可能となるので消費者にも確実に利益がある。仕込みの時に純粋培養した微生物を投入することは、製品の品質の安定に役立っている。微生物には個性があり、培養ごとに微妙に性質が変わることがあるので、同じように仕込んでも同じ品質の味噌ができるとは限らない。純粋培養した優良微生物の投入は、このような不確定要素をなくすことにより安定した品質の味噌を保証するものである。また、加温醸造により熟成の温度を一定に保つことは、毎回の仕込みで発酵を安定して進行させる役に立つ。

味噌は半固体なので、大量の材料を均一に仕込み全体を一定の温度に保つには相応の設備と管理技術が必要とされる。原料費を抑えるため必ずしも粒の揃った上質の大豆だけを使うわけにもいかないので、大豆の出来や気候の変化に対応した工程の微調整にもノウハウが必要である。さらに、出荷前に加熱殺菌を行うのは出荷後に味噌の品質が変わらないようにするためである。製品の味噌の中に微生物が生き残っていると、流通販売や購入後の保存の間にも発酵が進んで徐々に味が変わっていくので、これを防ぐために加熱殺菌する。さらに、保存中に空気に触れると味噌が変色して味わいも変わってくるので、抗酸化作用をもつ保存料も必要となる。すべての努力は安定した品質の製品を購入しやすい値段で消費者に届けるためであり、大手のメーカーは品質管理に心を砕いている。

自家製味噌の味わいは?

醤油に比べて味噌の製造業者には小規模な業者が多く、昔ながらの製法を守りながらじっくりと天然醸造を行っている製造所が各地にある。自家製で数個の桶に味噌を仕込むのも大仕事ということを考えると、売り物となる量の味噌を仕込むのがどんなに大変か想像に余りある。さらに、季節の移り変わりに対応して味噌蔵をきめ細かく管理しなければならず、仕込んでから販売代金が入るまで1年近く待たねばならないので経営的にも重荷となる。そのような過酷な条件を乗り越えて天然醸造を続けている製造所の職人たちの努力には本当に頭が下がる。

ここまでして造る天然醸造味噌は本当に美味しいのだろうか。細かく分析しても、加温醸造による大量販売の味噌と天然醸造の味噌の間に成分の差はほとんどないが、食べ比べて見ると味わいは確かに異なるように思える。この差はどこから生じるのだろうか。発酵醸造の間に活動する微生物の中では、酵母よりも乳酸菌の方が高温を好むため、加温醸造では乳酸菌が卓越する傾向がある。酵母はアルコールやエステルなどの香気成分の生成が得意なので、酵母が活躍する期間が長い方が製品の香りが良くなることが期待される。発酵熟成の期間中は主として大豆のタンパク質と米のデンプンが分解される反応が進行するが、分解反応だけでなくエステルなどの香気成分やビタミンなどの成分を合成する反応も同時に進行する。一般に、温度が高いと合成反応よりも分解反応が進みやすくなるので、生成した香気成分やビタミンなども分解されやすくなる。さらに、高温を好む乳酸菌は糖分を分解して乳酸を生成するので、加温により甘味が減少して酸味が強くなる傾向がある。こうして考えると、天然醸造の味噌の方が香りよく味わい深くて美味しいと感じられるのは、あながち気のせいではないだろう。

自家製味噌や天然醸造の味噌は微生物が生存している生き物である。味噌は保存食と思われているが、購入してから食べるまでの間にも熟成が進んで味が変わっていくので冷暗所に保存する必要がある。さらに、味噌は空気が苦手で、空気に触れているところから変色して味が変わっていくので、使用中にもできる限り空気に触れないように保存するのが望ましい。保存料などを使用しない天然醸造の味噌の味わいを本当に楽しむためには、消費者にもそれなりの気遣いが必要なのである。味噌造り職人たちの苦労に想いを馳せながら、一杯の味噌汁を味わいたいものである。

味噌

※記載内容は筆者の個人的な見解であり、特定の商品または発酵食品についての効果効用を保証するものではありません。

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