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インタビュー

発酵デパートメント・小倉ヒラクさんインタビュー

発酵デパートメント・小倉ヒラクさんに聞く「発酵沼から見える景色」

小倉ヒラク(発酵デパートメント オーナー)

小倉ヒラクさん

発酵食品ばかりを約500種類。発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが下北沢にて2020年にオープンした発酵食品の専門店「発酵デパートメント」には、普通ではなかなかお目にかかれないユニークでディープな発酵食品(調味料、食品、お酒など)が揃います。

小倉さんには以前、発酵日和のこちらの記事で登場いただきましたが、今回は「発酵に深く関わることで、日常はどう変わるの?」「発酵沼って何?」といった質問を投げかけてみました。小倉さんは言います。「発酵デパートメントのある下北沢界隈には、発酵沼にハマった人が相当数いると思いますよ」

小倉ヒラク(発酵デザイナー・「発酵デパートメント」オーナー)

発酵デパートメント」を2020年、下北沢にオープン。全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを多数開催。YBSラジオ「発酵兄弟のCOZYTALK」パーソナリティーも務める。
デザイナーとして活躍したのち、東京農業大学で研究生として発酵学を学ぶ。発酵食品の専門店「発酵デパートメント」を2020年、下北沢にオープン。全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを多数開催。YBSラジオ「発酵兄弟のCOZYTALK」パーソナリティーも務める。

コロナ禍真っ只中での船出

発酵デパートメントは物販だけでなく、珍しい発酵食品を実食できるカフェレストランや、発酵を学べるギャラリースペース、発酵にまつわる書籍の販売コーナーを併設し、さらには発酵ワークショップや、発酵食品の生産者を訪れるツアーも開催。発酵というカルチャーに多方面からアプローチできる稀有な場所となっています。

発酵デパートメント外観

そんな発酵デパートメントがオープンしたのは、2020年4月1日。そう、コロナ禍の真っ只中です。お店の方向性を当初の予定から大きく変えざるを得ない中で、嬉しい誤算もあったと言います。

「もともとは、どちらかというとカフェレストランをメインとし、併設してグロッサリー(食料品店)もありますという形を想定していました。ところが新型コロナウィルスの影響で飲食提供を思うようにはできなくなり、途中でグロッサリーの方をメインに切り替えたんです。

おかげで飲食の売上は当初の予定の1/3くらいになりましたが、反対にステイホームで自炊する人が増え、グロッサリーの売上は想定の2〜3倍になりました。そういう意味では、時代に求められた形だったんだなと感じています」

発酵デパートメント店内
発酵デパートメント店内

ビギナーにも間口は開かれている

一見マニアばかりが集うお店のようでありつつ、実は初心者にもしっかり間口が開かれているのが発酵デパートメントの特徴です。

「発酵ビギナーの方々からは、『お醤油だけでこんなに種類があるとは!』『お酢やみりんを変えるだけで、これほど料理の味が変わるなんて!』といった声をよくいただきます。一方、発酵のマニア系の方からは『とことんマニアックなことを話しても、ここのコミュニティではドン引きされないので安心します』といった声があります(笑)

まずは普段身近に使う基本調味料などから入っていただきつつ、次第に自分でぬか漬けや味噌を作ったり、生産地巡りツアーに参加したり、『発酵友の会』のメンバーとなってディープな発酵講座に参加していただく。そんなふうに、カジュアルな入り口を設けつつ、そこから発酵カルチャーの奥の方にも進んでいただくというのが、僕らの役割だと考えています」

発酵デパートメント店内

飲食提供に関しても、そのポリシーはしっかり反映されています。

「うちの定番メニューに『発酵ハヤシライス』がありますが、実はトマトも赤ワインも使っていません。代わりに『トリイソース』という、木桶で仕込んだ変わり種のソースをベースにしています。トリイソースだけだと『何それ??』となりますが、ハヤシライスにすれば普通に受け入れてもらえます。そういう意味で飲食は、マニアックな発酵食品に触れてもらう入り口にぴったりなんです」

またレストランでは、複数品目の味噌や醤油を食べ比べできる“利き調味料”ができるのがとても楽しい。お気に入りがあれば、そのままグロッサリーで買って帰れます。

「そんなふうにカフェレストランは、珍しい発酵食材や発酵技術を体験してもらう場として、今後も活用していきたいです。そこでの食事を通し、自炊で取り入れたい発酵食品や、自分で作ってみたい発酵食品を見つけていただければなと」

トリイソース

発酵によって日常はどう変わるか

では、そうして「発酵を日常に意識的に取り入れること」で、私たちの生活はどう変わるのでしょう?

「大まかに3つの効果が考えられます。まず1つ目が、発酵をきっかけに『待つ楽しみ』を知れることです。発酵にある程度入り込むと、ほとんどの人が味噌や甘酒、麹など、自分で何かしらの発酵食品を作るようになります。自分で発酵環境を作り、原料を仕込み、早ければ数日間、長ければ1年近くかけて、何かがだんだん醸されていくのを待つ。そうした待つ楽しみ、育てる楽しみを、発酵をきっかけに知る人が多いんです」

さらにはそれが“価値観の転換”にも繋がると、小倉さんは言います。

「自分で作ることで、自然や生き物に対する価値観が変わる。単なる消費者としてではなく、作り手として自然に深く向き合えるようになるんです」

発酵デパートメント店内

続いて小倉さんが2つ目に挙げるのが、発酵食品によって「味覚が広がること」です。

「たとえば『からあげにマヨネーズ』といった味わいは、わかりやすくすごく美味しいですが、そういったラインとは全く違う美味しさを、発酵ではたくさん味わえます。本来“美味しい”の幅ってかなり広いんですが、普通に外食やおうちごはんを食べていると、その一部だけを切り取った“美味しい”ばかりになりやすいんです。でも、発酵食品の渋い醤油や味噌なんかを使うようになると、その“美味しい”の幅が半ば強制的にこじ開けられる(笑)。

それこそ“利き調味料”なんかをすると、同じ味噌であっても体験したことのない味をいろいろ味わえて、自然と味覚の感じられる範囲が広がります。それにより普段の食事の味わいも、少し変わってくる。それが食体験として、1つわかりやすい価値だと思います」

そして3つ目が、「地域を見る目」が変わることです。どういうことでしょうか。

「発酵を起点に、その土地その土地で長く続いていることの所以や由来を知れるんです。僕はよく発酵ツーリズムといって、ある土地のいくつかの蔵をみんなで巡るツアーを地元の方々も交えて開催するのですが、それは地元の人にとってもすごく新鮮なようです。

たとえば『いつも甘酒を買っていたこの店が、まさか400年前からあったとは!』とか『実は400年前は蔵の前に今はなき運河が流れていて、そこから荷を積み下ろしていたらしい!』みたいな話がたくさん出てくる。それにより、土地に対する社会的な価値が加わるというか、その土地を見直すきっかけになるんです。発酵にハマって、地域の街づくりに関わるようになったという話も、たくさん聞きます」

普段暮らす土地に対する見方が変わるというのは、言ってみれば「日常の景色が変わる」ことでもあります。

小倉ヒラクさん

「発酵沼」から見える景色とは?

ちなみに小倉さんは、発酵デパートメントのウェブサイト内で「発酵沼へようこそ!」という連載記事を展開しています。ある特定の分野にズブズブとハマって抜け出せない状態を「沼」と言いますが、発酵沼とは果たしてどんな境地なのでしょう? 発酵沼から見える景色は?

「僕らが発酵沼と呼んでいるのは、単純なグルメのつもりで発酵に入ったら、実はカルチャーであり、哲学であったと気づくこと。また『それを体現しなければ』と、自ら発酵を実践したり調べまくったりすること。そうしたステップを発酵沼と言っています」

なぜ人は発酵沼にハマるのでしょう?

「何か手作りしたいという心持ちに、発酵はマッチしているんでしょうね。やっぱり麹を作るとかって、ロマンがあるじゃないですか。食べるだけだと“点”だったものが、作るプロセスを経ることで、その発酵食品の背景や作り方を調べ、発酵の環境を整え、食材を調達して仕込み、時間をかけて発酵を進め、完成したら食べ、その体験をもとにまた知識を得るといった“線”になるんですよね。作ることで味わい方が変わり、それによってまた作りたくなることをふまえると、“環”とも言えます。

小倉ヒラクさん

たとえば『黒麹』をご存知でしょうか? 黒麹とはタイ米に特殊な黒いカビをつけた石ころのような麹で、基本的には泡盛のもろみを作る時にしか使いません。だから普通の人は絶対知らないはずなんですよね。それを僕としても『まあ売れないだろうな』と思いながら試しに10個仕入れ、『甘酒や塩麹にすると美味しいですよ』とコメントを添えて売ってみたんです。

すると3日で全部売れてしまい、近所のマダムが『黒麹の甘酒、美味しかったわ〜』とまた買ってくれる、といったことが起きるんです。発酵カルチャーって、入り口は手取り足取り教えてもらわないと難しかったりしますが、ある程度奥に進むと、どんな素材であっても自分で考えて発酵させてイイ感じにするみたいな段階が必ずやってくるんですよね。そんなふう発酵沼にハマった人が、下北沢周辺にはかなりいます(笑)。

基本的には『食べて美味しい』でいいんですけどね。でもかなりの人が、それだけじゃないことに気づくというのが、発酵なんです」

後編では、発酵デパートメントの各商品にフォーカスしながら、より発酵カルチャーの面白さ・奥深さに迫ります。

発酵デパートメント公式サイト

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