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インタビュー

ごはん屋ヒバリ・田中聖子さんインタビュー

「手作り味噌」で広がる絆『ごはん屋ヒバリ』店主 田中聖子さんインタビュー【前編】

田中聖子(ごはん屋ヒバリ 店主)

ごはん屋ヒバリ 店主 田中聖子

東京の世田谷区で『ごはん屋ヒバリ』を営む田中聖子さんは、「心から美味しいと思うものを楽しく食べる」ことをモットーに、農家から届く旬の野菜を中心とした、季節感溢れる料理をお客様に提供しています。お店の営業とともに、約10年前からはワークショップ『手前味噌の会』もスタート。「味噌を手作りする人がひとりでも増えてくれると嬉しい」という田中さんは、実は、もとは食品に関する研究者。食の大事さを知るからこそ、昔から受け継がれるものの尊さや発酵食品の奥深さに魅了されていると言います。なかでも、手作り味噌への思いは並々ならぬもの。今回は、その魅力についてお聞きします!

ごはん屋ヒバリ 店主 田中聖子

田中聖子(ごはん屋ヒバリ 店主)

大学卒業後、さまざまな食品に関する研究や検査を行う研究所に勤務。食品や、それにまつわる生物的、科学的なことを数多く学ぶ。そんななか、広島県の農家で作られている無農薬固定種による野菜と出会い、「この力強い美味しさを多くの人に届けたい」という思いで、飲食店『ごはん屋ヒバリ』をオープン。現在は東京の世田谷区砧に店舗を構え、手作り味噌のワークショップ『手前味噌の会』や料理教室も開催している。

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作ることを通して良いものが受け継がれる。その魅力に胸打たれて

――田中さんが味噌作りに興味を示したのはいつ頃なのですか?

自分で実際に作り始めたのは15年ほど前ですが、味噌に対する最初の記憶は、私のおばあちゃんが、自分で手作りしている味噌を樽の中からすくっていた風景なんです。台所にある味噌がなくなると、蔵に行って樽から補充していて、あのときの匂いや音は今でも強く覚えています。それから、大人になってからの2004年に『タイマグラばあちゃん』というドキュメンタリー映画を見たことがあって、その内容にも衝撃を受けました。岩手県にある“タイマグラ”という開拓地に暮らすマサヨばあちゃんを長年にわたって密着している映画で、ばあちゃんは毎年味噌を作ります。その工程がすごいんです。味噌玉を作って蔵の梁にぶら下げておくと、蔵にいる麹が勝手に味噌玉について発酵するんです。そんなことがあるんだ! と、驚きました。映画のラストではおばあちゃんが亡くなるのですが、近所に移住してきて、もともとおばあちゃんと味噌作りをしていた若い夫婦と小さな息子さんが味噌作りを続けます。そうすると、息子さんが味噌作りをしながら「おばあちゃんの匂いだ~!」というシーンがあって。作ることを通して記憶と良いものが受け継がれていく。すばらしいなあと胸を打たれました。

――では、それらのことに影響を受けて味噌作りを?

いえ、そうではないんですけど(笑)。実際に私が初めて味噌を作ったのは大学卒業後で、最初に就職した、広島県の食品研究所の研修期間中でした。すべての部署をまわっていろいろと勉強した際、お味噌を担当する部署で味噌作りを体験しました。その後、酢とソースの部署に配属になったときに、メーカーさんでお酢が発酵するところを見て、「調味料って作れるものなんだ!」と驚いたんです。それぐらい、当時は、調味料は買って当たり前のものと思っていたんですよね。研究所での仕事を通して、食材や調味料に対してどんどん興味が湧いて、伝統的な製法について調べて食べる生活を始めました。そうするうちに、自分がいいと思うものを多くの人に知ってもらいたい! という気持ちが強くなって、『ごはん屋ヒバリ』を開店したんです。

ごはん屋ヒバリの外観・内観

初めての味噌作り。カビが生えてショック! でも、コツがわかって大成功

――初めは研究者目線で“食”に触れて、今度は、そこで得たものを発信する側になったのですね。

そうです。それで、お店で使う調味料として、味噌はどこの何を使おうかなと探しているときに、「あ、そうだ。味噌って手作りできるんだ!」と思い出しました。私の友人に、味噌を手作りしたことがある方がいるので、さっそく、その年の冬に教えてもらったんです。ところが、梅雨の季節になると、私が作った味噌にはすごくカビが生えて……。一緒に作った友人のなかにはとても上手にできている人もいたので、なんで? と、ショックを受けました。でも、落ち込んでいる場合ではない。なぜカビが生えるのかということを考えればいいんだと思って、それからは模索の日々。対策を練って、翌年はひとりで味噌作りを行いました。

――味噌にカビが生えない対策とは?

まず、カビというのは好気性細菌なんです。空気がなければ育たない。その性質と向き合うことが大事だと思いました。つまり、カビが育ちにくい環境を作ればいいので、味噌の表面に空気が触れないようにすればいいんだなと。そこで、味噌に重しを乗せてみたんです。そうすると溜まりができて、溜まりが液体の蓋のような役割を果たすので、味噌の表面には空気が触れません。さらに、溜まりの表面にもカビを生えさせないために、塩分濃度を高めにしました。味噌全体ではなく、味噌の上の部分だけをしょっぱくする。そうすれば、溜まりができたときに溜まりはしょっぱいので腐りません。この方法を編み出して、これなら自信をもって人に伝えられると思い、手作り味噌の会を始めることにしました。友人に教わってから、3年後ぐらいの時期だったと思います。

――味噌を手作りし始めて、どのような変化がありましたか?

周囲に“味噌の輪”が広がって、嬉しいことがたくさん起こっています。母に手作りの味噌をあげたら美味しいと喜んでくれて、その後お正月に帰省したときは一緒に作りました。それからは母と毎年お正月に一緒に味噌を作るようになって。あるとき近所のお友達に、野菜をもらったお返しにと手作り味噌を渡すと、今度はお友達も作り始めたと。こんなに嬉しい広がり方はありません。これは私の予想ですが、おばあちゃん世代は味噌を自分で作るのが当たり前だったかもしれないのですが、母の世代は、共働きが増えたり流通が便利になったこともあって、味噌を買うことが増えたんでしょうね。それが、今になって、娘である私が手作りを始めたことで母も作り始めるという。おもしろい現象が起きています(笑)。

味噌作りにハマる人続出。味噌がきっかけでお姑さんと仲良くなった人も!

――味噌作りがきっかけで交流が深まる様子はおもしろいですね。

そうなんです。『手前味噌の会』に参加して下さる方からも、そういう声はよく寄せられます。「手作りした味噌であれば、子どもがお味噌汁を残さずに飲むんです」とか、「お姑さんとお味噌の話で意気投合して仲良くなりました」とか(笑)。手作り味噌にハマると、市販のものには戻れないとおっしゃる方もいます。作る時期や環境によっては、思うような味噌ができなくて残念だったと感じる方もいると思うんですけど、少なくとも3年は続けてほしい。いろいろと試すうちに自分の好みが見つかって、自慢のわが子ができますから。参加して下さる方は、皆さん揃って「自分で作った味噌が一番いい」とおっしゃいます。

――『手前味噌の会』」では、具体的にどのようなことを行うのですか?

開催時期は冬で、参加者の皆さんには仕込み用の容器のみを持ってきてもらいます。材料の大豆と麹と塩は私が用意して、大豆は私が前日から茹でたものを使います。それをみんなでつぶして、麹と塩を混ぜる。合間には、工程の説明やカビが生えにくくなる対策などを伝えます。そして仕込んだ味噌は皆さんが持ち帰って自宅で熟成させるんです。秋から冬まで熟成させて、それぞれのタイミングで開封してもらいますが、秋くらいに開封の仕方について再度ご連絡しています。

――今年はオンラインで行ったとか。

はい。コロナ禍で集まるのは難しいので、もう、去年の夏ぐらいから、「どうしたらみんなが味噌を作り続けられるだろう?」と、そのことで頭がいっぱいでした(笑)。それで考えた末に、材料をキットにして発送することにしたんです。会の当日は、私が味噌を作っている様子を動画で配信して、それを見ながら仕込んでもらいました。遠方に住んでいる方や、お子さんと一緒に参加して下さる方もいて、オンラインならではのよさも感じられて嬉しかったです。

手前味噌の会の様子

人は食べることでできている。発酵調味料を摂ることは身近な健康法

――コロナウィルスの影響で、「食べ物で自分を元気にしたい。免疫力を上げたい」という方は増えているのではないでしょうか。

そういう声はよくお聞きします。手作り味噌は、大豆と麹、塩だけというシンプルな素材で作って、発酵させて仕上げる。それを体に入れると免疫力が上がるので、皆さんとても喜んで下さっています。人は食べることでできているので、頑張らなくても毎日自然に取り入れられるもので健康になれるといいですよね。たとえば、ふだん使っている調味料を手作りしてみたり、伝統的な製法で作られているものや発酵調味料に替えるなどの方法は最適だと思います。「毎日これを飲まなくちゃ」と、特別に何かを取り入れることに比べたら、一番身近で手軽な健康法だと思います。

――食を通して、昔から受け継がれるものの大切さを感じますね。

「タイマグラばあちゃんの蔵には麹がある」という話をしましたけど、最近は、私の家にもいい菌が住みついている気がしているんです。この感覚は、味噌作りを15年ほど続けてきたから得られることですよね。今の時代は情報が溢れているので、新しいものを試すこともありますが、食材選びにせよ何にせよ自分自身のベースは変えずにいたい。自分が大切だと思うことを大事にしていきたいです。たとえば、私のおばあちゃんが大きな樽から味噌をすくったときは、味噌が含んでいる空気がメリメリと音を立てました。そして、私が、自分で作った味噌をすくうときもまったく同じ音がするんです。初めて味噌を手作りしてあの音を聞いたときは、「おばあちゃんの味噌の音だ!」と思いました。買った味噌では感じられない。手作りじゃないと味わえないもの。こういう経験は貴重だと思っています。これからは、味噌を手作りする人がひとりでも増えて、音や匂い、そして食べることを楽しんでくれたら嬉しく思います。

後編では、田中さんのお店「ごはん屋ヒバリ」についてお聞きします。

※記載内容は、取材対象者及び筆者の個人的見解であり、特定の商品または発酵食品の効果・効用を保証するものではありません。

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